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東アジア知識人宣言(朝鮮戦争停戦60周年署名の要請)(転載)

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     紅林進です。

    他のMLより転載の転載ですが、韓国の「民主化のための全国教授会」を中心
    に『国境なき東アジア知識人宣言運動』が展開されており、8月28日には、国際
    シンポジウムを開催し、その場で共同宣言文を発表するとのことです。
    その宣言への署名が呼びかけられているとのことですので、転載させていただ
    きます。

     私自身は「知識人」という言葉には違和感も感じますが・・・。
     

    (以下転載)

    皆様

    李です。
    韓国の「民主化のための全国教授会」を中心に『国境なき東アジア知識人宣言運動』
    が展開されています。今回は、朝鮮戦争停戦60周年を迎え、国際シンポジウム(8月
    28日)を開き、その場で共同宣言文を発表するようになります。ご参加&宣伝、お願
    いします。参考に、ここでいう「知識人」とは、行動する市民、を意味します。遠慮せず
    ご参加してください。李。



    期限:2013年8月27日まで。
    送り先:borderlessintellectualsinasia@gmail.com
    名前:
    大学/個人/団体:
    メールアドレス:


    東アジア冷戦体制の最終的解決として朝鮮半島に平和体制の確立を

    ――朝鮮戦争停戦60周年を迎え、狭小な領土主義、民族主義、国家主義、軍事主義
    を乗り越えるための東アジア知識人宣言――

    2013年は、朝鮮半島で戦争が起こり、朝鮮半島内で200万人余りの死者を出し、さらに
    国際的レベルにおいて第二次大戦以降の戦後世界秩序を冷戦的対決秩序へと切り替
    えるのに決定的な役割を果たした、朝鮮戦争の停戦から60年となる年である。この戦争
    は、60年を経た今でも停戦しているのみであり、終戦や平和体制に切り替わっていない。
    朝鮮戦争以後現れた朝鮮半島の停戦体制と分断体制は、単に大韓民国(以下、韓国)
    と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)だけの問題ではなく、東アジアの次元で我々
    すべてを狭小な領土主義、民族主義、国家主義に捕われたまま、持続的な軍事的対立
    関係に陥らせた。我々はこの停戦、分断体制を終息させ、朝鮮半島に平和を定着させる
    ことこそ、我々の生きる東アジアを平和共同体へと作り変える長い旅路において大変重要
    な最初の一歩であると考え、東アジアの知識人の名においてこの宣言を行う。

    我々は、朝鮮戦争の勃発が、朝鮮半島に住み戦争を経た多くの人々に人間的な苦しみと
    不幸をもたらしたことをよく知っている。そしてその戦争は後々にわたって、韓国と北朝鮮
    のいずれにも、人間的・社会的な憎悪と敵対を継続させた。このような停戦体制は、南北
    朝鮮の政治的、社会的発展を厳しく制約し、民衆の多様な選択の可能性を根本的に遮断
    するものであった。

    しかし、朝鮮戦争の波紋と苦痛はそれを越え、より大きな世界的レベル、そして私たちの
    生きる東アジアのレベルにおいて、おびただしい波紋と苦痛をもたらした。まず、朝鮮戦争
    は第二次大戦以降、より良い秩序を生み出そうとするアジア各社会の自生的な努力を挫折
    させ、世界的レベルでは冷戦体制を生んだ。そして20世紀後半には、米ソを頂点とする資本
    主義陣営と社会主義陣営の間に「不毛の対決」を生んだ。

     我々は、朝鮮半島で起こった朝鮮戦争が20世紀の世界史を消耗な冷戦的対決へと導き、
    20世紀後半を「悲劇の時代」へと作り変えた重要な事件であったといわざるを得ない。第二
    次大戦においてはファシズム的戦争国家に対抗して手を組んだ米国とソ連は、朝鮮戦争を
    機に相手を「悪魔化」し、敵対的な対決と共存――むろん、それは「敵対的共犯」でもあった
    ――の泥沼に陥った。このような米ソ間の消耗な敵対的対決は、単なる二強大国間の対決
    に終わらず、東アジアの各国でさまざまな国内の政治社会的対決を極端化し、不要な軍事
    的葛藤を引き起こした。民主主義的な手続きによって国内の選挙葛藤や政治的葛藤として
    展開されうる多くの事案が、虐殺と独裁、軍事対決へとエスカレートする重要なきっかけと
    なった。

    さらに、朝鮮戦争は東アジアにおける保守的秩序を強化する重大な「外的」要因としてはた
    らいた。東アジアにおいて植民地支配と戦争に責任のある日本の天皇および戦前ファシズム
    勢力をして米国の庇護のもと戦前のファシズム秩序を「変形」させ維持することのできる決定
    的な契機を与えた。米国は東アジアの反共秩序を強化するために、妥協的に日本の天皇制・
    保守秩序を容認することとなった。このような意味において、朝鮮戦争は日本の右翼勢力の
    保守的な支配秩序、戦争責任と植民地支配を反省しない右翼的な歴史認識と態度を強め、
    沖縄を世界的な戦争基地にするという、意図せぬ効果を生んだといえよう。現在、「天皇陛下
    万歳」を叫んで戦争責任を否認し靖国神社参拝を堂々と行う日本の安倍政権の姿は、実は
    戦後日本の民主化プロセスと可能性を厳しく制約した朝鮮戦争の負の効果の一つといえる。

    また、49年、蔣介石政権は人民に見捨てられて本土から台湾に敗走し、政権の存立自体が
    困難な境地に至ったが、やはり朝鮮戦争を機に切り替わった米国の対東アジア冷戦政策の
    中で、長期独裁の基礎を固めることに成功した。朝鮮戦争以降、蔣介石政権は台湾人民に
    対し白色テロを通じて国共内戦を延長し、米国の台湾海峡封鎖に協力する過程で、台湾の
    政治的・社会的発展を極度に制約しつつ独裁体制を守った。

    さらに、朝鮮戦争は革命以後一年にしかならない中国の49年革命政権にも衝撃と変容とを
    引き起こした。すなわち、中国は建国から一年にも満たない時点で朝鮮戦争に介入すること
    で、多くの人命損失と経済的な被害に耐えなければならなかった。そればかりでなく、朝鮮戦
    争は安定的かつ平和的な方法で国家建設を推進しようとしていた初期の「新民主主義」構想
    から遠ざかり、猛スピードで社会主義体制の建設を推し進めさせる政治的動力を提供する負
    の政治的遺産を残した。

    朝鮮戦争の影響はここに留まらない。朝鮮戦争によって、東アジアの多くの国々で戦後秩序
    が急激に否定的に変形され、帝国主義秩序に組み込まれるか積極的に協力していた多くの
    勢力が「反共」の名の下に国内政治を硬直化させ、植民地時代の既得権を維持することに
    成功した。朝鮮戦争と停戦によって朝鮮半島に南北朝鮮の分断体制が成立したとするなら、
    この分断は東アジアの多くの国々の内部で「親共対反共」の分断体制を出現させたのである。

    このように東アジアにおびただしい負の遺産を残した朝鮮戦争は、その後、南北間の対決、
    朝米間の対決、さらに最近の日朝間の対決などの形で再生産されながら、東アジアが平和
    共同体へと向かう動力を目に見えて弱めてきた。むろん、1970年代以降、米中関係正常化、
    日中国交正常化等を経て、朝鮮戦争による東アジアの冷戦的対立は緩和されもした。特に
    1990年代、グローバルな次元で冷戦体制が解体されるにともなって、東アジアでも冷戦の障
    壁を乗り越えようとする交流と協力の試みが部分的になされた。しかし、不幸にもこのような
    試みは朝鮮半島の冷戦体制を平和体制へと作り変えることにつながらなかった。その結果、
    朝鮮半島の停戦体制は東アジアに「平和の好循環構造」を生ませず、「葛藤拡散の悪循環
    構造」を生む方向で今もはたらいている。すなわち、冷戦体制の解体過程において朝鮮半島
    に新たな平和体制が構築されなかった結果、自己に対する安全保障の脅威が増したと判断
    した北朝鮮は、体制の安全を確保すべく厳しい経済的条件においても核兵器開発など軍事
    力の強化に多くの財政を投入している。

    このような北朝鮮の自衛的な軍事力強化を、日本の再武装化を促進し平和憲法の改定と
    自衛隊の強化などのための「外的名分」として、日本の右翼勢力は利用している。さらに米
    国は東アジアの同盟国の保護という名のもとに再び米韓軍事演習を強化し、日本の軍事基
    地を強化している。 実際、鳩山由紀夫政府の時期に民主党が公約までしていた沖縄県外へ
    の普天間基地移転案を破棄し、沖縄県内の辺野古への移転へと後退したのには、天安艦事
    件による朝鮮半島の軍事的緊張の高まりを理由にした米国の日本政府に対する圧迫が主に
    作用していた。安倍政権が近隣諸国の憂慮にも関わらず進めている自衛隊の軍隊化および
    軍事大国化戦略、そしてさらに平和憲法改定の試みもやはり朝鮮半島の軍事的緊張を悪用
    した代表的な事例である。これは、朝鮮戦争から引き続く朝鮮半島での南北間対決、米朝間
    対決が、現在も形を変えて東アジアの「葛藤拡散の悪循環構造」の環として作用していること
    を示している。

    これは単に軍事的緊張拡大の「間接的」要因として作用することを超えて、1993〜1994年には
    「第一次北朝鮮核危機」として、そして2002年には「第二次北朝鮮核危機」という形で、戦争状
    態に戻りかねない危機状況としても現れた。幸い2003年以降「六カ国協議」という形で朝鮮半島
    における南北間対決体制と米朝間対決体制を終息させるための努力が進められ、このような努
    力は、2005年に韓国、北朝鮮、米国、中国、ロシア、日本の六カ国協議当事者による9・19共同
    声明が発表され、朝鮮半島の緊張緩和への重要な原則を確立し、実行体系を議論する段階に
    至った。しかし、六カ国協議は平和定着の道へと進むことができずに漂流し、2013年2月の北朝
    鮮の核実験以降に発生した余震から朝鮮半島が未だ抜け出せていない。

    朝鮮半島の軍事的対決が全世界の平和をいかに脅かしているかは、世界の軍事費の統計にも
    明らかに表れている。冷戦終息後、世界が軍事費を35%減らす間にアジアの諸国家は軍事費を
    36%増額させ、アジアの国家の占める国防費比重は1995年の世界の6.9%から2000年には世界の
    14.5%へと大幅に上昇した。2010年現在、南北朝鮮、米国、中国、日本、ロシアなど六カ国協議
    参加国の軍事費が継続的に増えている。米国の6,980億ドル(世界軍事費1位)、中国の1,190億
    ドル(2位)、ロシアの587億ドル(5位)、日本の545億ドル(6位)、韓国の243億ドル(12位)、また
    公式統計ではつかめない北朝鮮(米中央情報局の推計30億ドル)までを含めると、六カ国協議
    参加国の軍事費総額は9,302億ドルに達しており、2010年の全世界の軍事費の約57%の水準に
    至っている。これは朝鮮半島を取り囲む軍事的緊張の構図が全世界の軍事的対決の重要な基
    盤であり、構成部分であることを示す。これからも現在の停戦・分断体制は今後の東アジアの軍
    事的緊張と領土主義の衝突を深化させる根拠として作用するだろう。

    このような点において我々は東アジア知識人共通の関心と意志を結集して次のように主張する
    とともにこれを広く共有したい。

    一、我々東アジアの知識人は、旧い国際的対決構造であり葛藤誘発体制である停戦体制を平和
    体制に切り替えるための根本的な努力が必要であると宣言する。我々はまず最初に停戦60年を
    迎え画期的な思考の転換を通じてこのような東アジアの悪循環構造を真っ向から見すえ、朝鮮半
    島における停戦体制を終息させるためにともに立ち上がらなければならない。

    我々は朝鮮半島に平和体制を定着させることを出発点として究極的には「東アジア平和共同体」
    へと進んでいくべきであるという点を強調したい。そのためには、地域内の国家間において覇権
    的競争よりはむしろ協力的競争が我々すべての共存と繁栄のためにはプラスであるという認識
    を持つ必要がある。同時に、圧迫と覇権の強化を通じて平和を達成しようとする過去の冷戦的
    かつ対決的な指向を乗り越える認識の大転換が必要である。それとともに、各々の市民社会の
    内部に深く根を張っている冷戦の遺産を、我々皆が省察し克服していかねばならない。

    二、停戦体制を平和体制へと切り替えることは、戦争状態の公式な終結を宣言する「終戦宣言」
    をはじめ、当事者間の平和協定締結、米朝修交および日朝修交などを含む包括的なものでなけ
    ればならないと我々は信じる。

    これに関して、朝鮮半島の平和体制と東アジアの平和体制を脅かす核心的な要素として、北朝鮮
    と米国が即刻対決関係を清算し、米朝間の不可侵協定および関係正常化が全面的になされなけ
    ればならない。米国は北朝鮮の体制を不当に脅かす行為を中断し、北朝鮮は非核化に向けた即
    時の全面的転換をしなければならない。2005年の9・19共同声明ではすでに、北朝鮮が「すべての
    核兵器および現存する核計画の放棄」および「核拡散防止条約(NPT)および国際原子力機構(IAEA)
    への復帰」を約束する一方、米国は「核または通常兵器で北朝鮮を侵略せず、関係正常化のため
    の措置を実行すること」
    に合意している。

    このような方向に向かうにあたり、米朝間にある深い不信の溝が大きな障害物となっている。これに
    関し我々は、北朝鮮が米国に対して最も深く憂慮している「北朝鮮の体制に対する脅威」の問題を
    明示的に解決し、北朝鮮は核兵器開発など、国際社会が容認しない自衛手段を通じて体制を守ろ
    うとする姿勢を放棄し全面的な平和の道へと進む
    やり方で電撃的な解決方法を模索しなければならない。

    三、我々は平和体制の構築を飛び石に「核なき東アジア」へと向かって行かなくてはならない。第二
    次大戦の終結過程において経験した日本での原爆被害、戦後冷戦体制下における核を取り巻く
    進歩勢力内の葛藤、2012年の3・11原発事故、東アジアのさまざまな地域における大小の原発事故
    とそれに関連した民衆の苦しみを考慮するなら、「原発なき東アジア」の意味は小さくない。また、
    我々はここで「核兵器なき東アジア」という意味での非核化は東アジアにおいて譲歩することのでき
    ない非妥協的な原則として位置付けられなければならないという点を強調する。このような点で我々
    は、北朝鮮が自らの体制擁護のために行う核兵器開発戦略が、東アジアにおいて核兵器と軍事力
    の増強などの悪循環を生んでいることに深い憂慮を表す。

    同時に我々は、2005年に韓国、北朝鮮、米国、中国、ロシア、日本の六カ国協議当事者が合意した
    9・19共同声明において表現されたように、韓国には戦術核が配置されてはならず、日本も核兵器開
    発の試みがあってはならず、核保有国はこの地域で核兵器を使用しないことを約束しなければなら
    ないという点を強調したい。北朝鮮の非核化、朝鮮半島の非核化、東アジアの非核化の原則は、当
    然、米国の韓国と日本に対する「核の傘」提供の廃止も含まれなければならない。そして「東アジア
    非核地帯」が具現化されなければならない。そして、最終的には米国、ロシア、中国など核武装国家
    の核軍縮、さらには非核化へと進まねばならない。

    四、我々は停戦体制を平和体制へと切り替えるための国際的介入を、より体系的かつ組織的に、
    より大きな影響力としていかなければならない。ゆえに我々が達成すべき平和体制の原則と方向、
    具体的な姿を、国際的な協議とコミュニケーション、検証と世論化を通じて、地域的・国際的な代案
    として作り上げるのにすべての努力を傾けなければならない。

    朝鮮半島と東アジアにおいて平和体制を作り上げていく過程は、政府間の交渉だけでは決して達成

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      • 2020.10.30 Friday
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