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松尾匡『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』

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    「小さな政府」から「大きな政府」への転換は間違いだった!右も左も転換の意味をわかっていない!そんな刺激的な問題提起をしている、松尾匡さんの新著『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』(PHP新書)はなかなか面白かったです。
    シノドスでの連載『リスク・責任・決定、そして自由!』
    http://synodos.jp/economy/5973
    に加筆して出版したものです。ネットの連載はただで読めるけど、結論部分を理解するには、加筆した本を購読されることをお薦めしますとにかく本をどんどん買って、デフレマインドをなんとかしないと・・・
     本書は、<三十年前ぐらいから世界中で迫られた「転換X」の正体は何か??国家主導体制が崩れて、「小さな政府」に転換することだと思われていたけど、そうでなかったら何なのか??>(34ページ)、その謎解きをしています。
    キーワードになるのが、「リスクと決定と責任」「予想は大事」ということで、ソ連型システム崩壊を分析したコルナイにはじまり、ハイエク、フリードマン、ルーカス、ゲーム理論を紹介していて、(あ、こういう風に書くと、松尾さんは新自由主義的な反共ブルジョワ経済学者みたいですね?やはりPHP出版から出して「ハイエクの慧眼」とかいうタイトルやしな!三菱UFJのリフレ経済学者とも仲良さそうだし、そうに違いはない。とかまあ、安易なレッテル貼りや陰謀説は冗談として。)、次のようにまとめられています。
      ↓
    ==============
    一九八〇年代に広まった経済学の新展開が本当に示していることは、何でも「小さな政府」にすればいいとのものではなかったことがわかりました。政府の介入が批判されるのは、政府が、現場の情報が届かない高みで、人々の予想のできない決定をすることで、人々にリスクを押し付けて、その結果について責任をとらないかぎりの場合でした。だから、リスクのある決定は、それにかかわる情報が一番あって、決定の結果の責任がとりきれる民間の現場にまかせ、公的な政策は、人々のリスクを減らし、よりよい均衡を実現するために、人々の予想を確定させることに徹するべきだと言うことです。
    ==============
    160ページ)
     
    そして、「転換X」にのっとっとった事例として、ベーシックインカム、インフレ目標政策といった「予想確定政策」、新スウェーデンモデルを紹介し、次のように整理しています。
      ↓
    ==============
    政府の側では、リスクがなく、その都度その都度の胸三寸の判断の余地もない、人々の予想を確定させるルールキーパーの役割があること。民間の側には、リスクのある自由な判断をして、その責任を自分でとる活動が振り向けられているということです。前者が新自由主義の誤解したような「小さな政府」を必ずも意味しないように、後者は、リスクにかかわる情報が一番あり、判断の責任がとれるところに決定をまかせるということであって、新自由主義が誤解したような民間営利会社に何でもまかせるという意味では必ずしもなかったわけです。
    ==============
    268ページ)
     この「予想確定政策」はほかにも、取引ルールや労働基準、環境基準、公衆衛生など昔からなされていた基準政策も含まれ、それが資本側に有利なものか労働側に有利なものかで違いが出てくるそうです。
    松尾さんは労働側に立っているようです(が、単に変節した知識人かもしれん、我々左翼を思想的に武装解除させる策略、トロイの木馬かも知れないから、気をつけよう)で、「転換X」などと謎の物体のようにもったいぶって書かれているその正体については、終章で書かれています。
    ほんと本に載っている立体図を見たらわかりやすいんですけど、それは立ち読みしてご確認ください。あ、買って見てくださいね(笑)。
    つまり、こういうことだそうだ。これまで、「転換X」は「小さな政府」への転換であると誤解されてきた。「大きな政府」の財政支出先を、ゼネコンに向けるか福祉などに向けるかをめぐって、資本側の旧保守と労働側の旧革新が争ってきた。しかし八〇年代以降、保守側が「小さな政府」への転換をめざして「新自由主義」に移行し、九〇年代以降には、革新側もそれを追いかけて、資本側に寄っていく形で「小さな政府」に移行した。それが「第三の道」路線、日本では民主党路線だった。しかしながら、ともかく何らかの十分な規模の公的資金や強力な規制がなければ、労働者や一般庶民の利益を守ることはできない。
    本当は、「転換X」は、胸三寸の「裁量政府」から、人々の予想を確定させる「基準政府」への転換だったのだ。
    これからの時代に真に適合した政策は、
    「基準政府・資本側・小さな政府」 VS 「基準政府・労働側・大きな政府」
    で実現されるべきものになりうるが、後者の立場を自覚している人は、現実にはまだほとんどいない。
    他方、この転換に対する反発は、「裁量政府・大きな政府」を志向する右翼ナショナリズムに結集されていく。今日ヨーロッパを席巻する極右勢力は、もともとは新自由主義的なポピュリスト政党として始まったが、離合集散を繰り返すなかで、市場志向の小さな政府派が脱落し、今では多くは福祉国家派になっている。その福祉を自国民に限ろうとする点で左派とは違う。日本でもヨーロッパ同様、「第三の道」(民主党路線)に見放されたと感じた、旧革新の支持層にあたる人々が流れ込んでくるだろう。
    日本の旧革新勢力である共産党や社民党は、本来は、時代に合わせて、「基準政府・労働側・大きな政府」に向けて転換すべきだ。それがかなわないならば、せめて時代遅れの裁量政策でもいいから愚直に「大きな政府」を唱えるべき(例えば昔の失業対策事業みたいに、政府が直接失業者を雇って公共事業や公園の清掃をするなど)。(277~280ページ)
     
    本書で松尾さんは正直に、ご自分も今世紀冒頭までの頃は、碓井さんとの共著(碓井敏正・大西広編著『ポスト戦後体制への政治経済学』大月書店)などで、この転換を「小さな政府」への転換だと誤解していたそうだ。そうそう、この頃までの松尾さんの書いていた論文って、新自由主義者とどう違うねん!この新自由主義的マルキストめ!と私も思っていましたわ。
    転向されたことを、もろ手を挙げて歓迎します(笑)。
     ということで、碓井敏正・大西広編『成長国家から成熟社会へ?福祉国家論を越えて?』にあるような、「大きな政府」から「小さな政府」への転換はミスリードであり、「裁量政府」から「基準政府」への転換こそが「歴史の必然」だってことだということです。

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      • 2019.11.20 Wednesday
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      • 21:02
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