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『熱風』6月号 対談「"ふくしま"の絵本をめぐって――高畑 勲×松本春野 福島の日常を描く3冊目のスケッチ・エッセーを!」

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    いよいよ今週、
    【市民社会フォーラム学習会】絵本作家・松本春野にきいてみよう 原発事故4年後の福島の子どもたち(6/26金@神戸)
    http://civilesociety.jugem.jp/?eid=30308
    があるので、ご紹介。

    スタジオジブリの小冊子『熱風』6月号に
    http://www.ghibli.jp/shuppan/np/
    【対談】"ふくしま"の絵本をめぐって――高畑 勲×松本春野
     福島の日常を描く3冊目のスケッチ・エッセーを!
    が載っていました。
    『熱風』は各地の大型書店に置いてありますので、手に取ってみてください。
    詳しくは。
    http://www.ghibli.jp/shuppan/np/007496/

     編集部によると『ふくしまからきた子』と『ふくしまからきた子 そつぎょう』の<この2冊の絵本を描くにあたり松本さんが抱えた葛藤は、現在の福島を考えていくうえでとても大事な指摘を含んでいる>ということだそうだ。

    以下、対談を引用しますが、まずびっくりすることは、「原発推進国策絵本作家」だという誹謗中傷があるそうなんだ。
      ↓
    ==============
    松本 講演でも期待されたスピーチではないことをわたしはどんどん言っていたし、主張を変えていきました。
    でも、講演を依頼してくれる人は1冊目のイメージで固定されているわけです。
    ツイッターやフェイスブックでもなにかを発信するとすごい反発が起きる。
    絵本の中で学校で子供が遊んでいるっていうだけでも拒絶反応みたいなものが来たり、やがては国策絵本作家っていうレッテルを貼られて(笑)。
    今では原発推進国策絵本作家です。
    ==============

     春野さんを「国策絵本作家」とレッテル貼りをネットで広めているような人たちが「脱原発」を装っていることに怒りと悲しみがこみ上げますね。
    そんなデマを流しているのは、原発推進派の指令で脱原発運動にもぐりこんだ工作員じゃないの?
    なんて陰謀論は冗談として、すくなくとも、脱原発の世論と運動をダメにするガンですね。
    運動も学者もそうした自浄作用を果たすような問題提起をぜんぜんしない。
    むしろ、学者がどうしようもない誹謗中傷を平気でネットで流したりする。
    http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201504111028576

     そもそも絵本に目を通してから批評しているのだろうか?
    子どもが読む絵本だから、大人なら容易に読んで理解できるだろうに。
    『そつぎょう』の最後のページに松本猛さんは以下の通り書いているの知っているのかな?
       ↓
    ==============
    これからの日本はどうしたらいいでしょう?

     福島の人々の状況が少しずつ改善されるからといって、原発の問題が解決されたわけではありません。
    今も福島第一原発からは汚染水が流出し、高線量の汚染ゴミが増加し続けています。
    その、最終処分の方法も決まっていません。
     原発事故の解決が見えない状況の中でも、政府は経済の発展のために原発は必要だといって、たくさんの原子力発電所の再稼働を進めています。
    それに対して、2014年5月21日に福井地方裁判所は大飯原発の再稼働をしてはいけないという判決を下しました。
    その理由は、日本の憲法は人間が安全に生活できることを一番大切だと言っている、危険が少しでもあると考えられる現在の原発を再稼働させることは、たとえ、経済的損失があっても行うべきではない、というものでした。
     福島原発事故から4年近く、日本の原発は一つも動きませんでした。
    その間、日本はどれだけ困ったのでしょうか。
    原発が100%安全だといえる人は誰でもいません。
    ひとたび事故が起これば、福島の例を見るだけでも、どれほど大変になるかは明らかです。
     今、世界中で太陽熱や水力や風力やバイオマス(木など)や地熱などを利用した自然エネルギー(再生可能エネルギー)の研究が進んでいます。
    石油などの化石燃料を使う火力発電やウランを使う原子力発電ではなく、自然環境のなかで繰り返し使うことができるエネルギーへの転換が求められているのではないでしょうか。
     さらに大切なことは、湯水のように電力を使う生き方が、本当に豊かな生活なのかを考える必要があると思います。
    便利さや効率だけを求めて発展してきた現代社会は、自然を破壊し、自然と人間のふれあいを失ってきたともいえます。
    人間は本来、自然のなかの一部です。
    自然と共に生きる世の中はどういうものなのかを考えてみてください。 
    ==============

     これをどう読めば、「原発推進国策絵本」だと言えるのだろうか?
    逆に「原発推進」の「国策」を明確に批判しているではないか?

    さて、『熱風』対談にもどって、『そつぎょう』について。
       ↓
    ==============
    高畑 ひとつ聞きたいのは、僕は春野さんの発言に対してはいろいろな人がいてもおかしくないと思う。
    そうじゃなく、この2冊の絵本そのものに対しての批判というのはどういうものがあった?

    松本 『そつぎょう』については、主人公を福島に返すなっていう批判がありました。
    とくにご自身が関西や沖縄で避難されたような人たちから、そういう批判が。

    高畑 それに関しては、誰でも自分の行動の正当化を図るからね。
    正当化っていうのは他人に対してよりも自分に対して働くものだから。
    今、自分がこうなっていることは、その選択は間違っていなかったんだって誰もが思いたい。
    ==============

     松本さんもそうだけど、原発に反対する人たちの中で、福島の人が避難の選択をしたのを間違いだと批判した人なんてほとんどいないのではないだろうか?
    そう誤解して嫌悪感を持つ人たちはいるだろうけどね。
    しかし、現実を直視しない、最新の情報や知見を学ばないで、自己正当化に「よりそえ」という人たちにはむしろ無責任さに憤りを感じます。
    本当に当事者の方の人生を真剣に考えているのだろうか?
    どうして、福島に帰る選択をした人たちにも「よりそえ」ないんだろう?
    引き下がれないんだろうか?

    3・8NO NUKES DAYでのスピーチ
    https://www.youtube.com/watch?v=ZlAc2UcumAk
    http://www.harunomatsumoto.com/blog/2015/03/38-no-nukes-day.html
    についての以下の対話なら納得されますかね?
    さらに憤慨するかな?
    運動のために「フクシマ」を利用していないかって?
    3.11当初からあった問題だけど、いまだに言い続けなきゃならないんですね。
       ↓
    ==============
    高畑 春野さんが今年の3月8日に国会前で行ったスピーチの動画を見たんですが、そのとき福島にいる人たちの生活を描写した表現で、「あの震災から必死で学び、考え、測り、対策し続ける日々の中」って繰り返していた。
    その並べた言葉がね、実によく響いてきました。
    そこはすごく共感できるっていう意識の上で、でも、そこに寄り添い過ぎるとやっぱりまた別の危険も出てくると思うんですね。

    松本 おっしゃることはすごくわかります。
    ただ、わたしの目から見ると、福島県外の方からの圧力がちょっと行き過ぎているようにも思えます。
    それまで行われていた学校などでのハイキングも全部なくなり、合意が得られるまでは校庭で遊ぶ時間もなくなって、校庭でやる芋煮会もたったそのひとつを復活させるまで、とにかく外からの圧力がすごい。
    クレームでずっと役場の電話が鳴りっぱなしで、鬱になっちゃう人もたくさんいるほどです。

    ーー県外からの圧力は、そんなにひどいんですか。

    松本 双葉町の役場の電話番号とかをツイッターで拡散する人がいて、みんなで抗議しましょうとか呼びかけるわけです。
    で、一部の過激な運動の人たちがそこに乗っかってしまう。
    クレームを入れるっているのは一つの運動のスタイルとしてあるようです。

    高畑 本来、反原発と福島の現場で起きている問題の二つは切り離して考えたほうがいいというのが僕の考えです。
    例えば福島第一も含めて全原発を廃炉に向かわせるというのは大事業ですよね、すごく時間がかかる。
    それに対する運動と、福島の現場で起きたことに対してどう対処するかっていうのは別の問題だって考えないとね。
    放射線のもたらす被害がどれほどかは、個々人によっても違うでしょうし、わかりにくい。
    でも、たとえわかりずらくても被害の可能性が少しでもあるなら、やっぱりそれに徹底して反対するっていう考えは、一つの立場としてはあると思うんです。
    あるけど、それを圧力として、そこで生活している人にその圧力をかけていくのはよくないですね。
    だけど、基本的な考えから言うとね、分けて考えなくちゃいけないとは言いながら、実際起こった現場で緩やかなことを言っていたら、結局、原発がなくなっていく方向に向かわないんじゃないかっていう。
    それを心配する人もいるんだと思うんですよ。

    松本 でも、今は運動のためにの福島にしてしまっている側面もある気がします。
    そのことで嫌な思いをする人たちに取材を通して出会いました。
    その状況はやっぱり変えていかなきゃいけないんじゃないかと思います。
    そこで自分が暮らしていたらやっぱり迷惑だと思うんです。
    そうじゃない形で発信が増えていけばわかってくる人も増えていくだろうし。
    ==============

     やっぱり釈然としない?さらに腹が立つ?
    しかし、自分の胸にあててみると心当たりあることした人もいらっしゃるのでは?
    大震災と大津波にさらに原発事故で困難な復興の仕事をしている自治体職員に鬱になるほどの、正直「いやがらせ」をしてきたこと考えれば、他人をあやめる「自己正当化」はもうやめた方がいいと思うね。
    『美味しんぼ』について自治体が抗議声明出したのって、そういう伏線もあるだろうと容易に想像がつくし。
    言論の自由とか言う前に、自分らの言論がもたらす効果について、他者感覚が欠如していては、運動はますますダメになるしね。
     とにかく高畑さんが言うように、「反原発と福島の現場で起きている問題の二つ」は切り離すよう、運動は<脱被曝>などというところから「そつぎょう」してほしいものだけど。

     ともあれ、いくら風評被害さらには実害を福島の人たちに与えても、政府や東電が一番悪いんだということで、自分たちの行動を「自己正当化」してきたことを反省しなくては。
     それなしに、脱原発運動への支持は広がらないし、勝てないだろう。 
     以下も腹立つ人はいるだろうが、現実を直視すれば、「正常性バイアス」ではなく、福島の人々が主体的に選び取った結論なんだろうね。
       ↓
    ==============
    松本 福島の場合、面談して避難を勧められたという話もききました。
    保養の運動団体によっては説明会もやるし、人が集まらないからといって呼びかけまでさせる。
    保養に応じる人が減っているのは日常を取り戻しているからであって、必要がなくなってきているからだって考えないんです。
    自分たちは正しいことをしているって考えて、情報が行き届いていないから来ないんだって思ってしまう。
    もちろんすべての団体がそうではないけれど、そういうところがいまだに声が大きかったり。
    だから、いまだにかわいそうな場所に手を差しのべるっていう趣旨で。
    ==============
     当事者の福島の人々の自主的な選択を尊重する。
    むしろ福島の人々の取り組みについて、学ばさせていただく。
    まず、そうしたことからやり直さないと、脱原発はますますダメになるだろう。
    春野さんとの交流会も、そうした趣旨で開催しますので、ぜひお越しください。

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