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宮本みち子著『若者が《社会的弱者》に転落する』

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    宮本みち子著『若者が《社会的弱者》に転落する』

    (洋泉社新書y2002年)

     

    要約 okaby

    はじめに

     

    ■青年期と成人期の間にある「ポスト青年期」という新しいステージ

     90年代初め 豊かなモラトリアム期を謳歌する「贅沢な若者たち」

     90年代後半 学校から仕事へとスムーズな以降ができなくなった「不安定な若者たち」

      →親への依存、晩婚化・非婚化

    ※欧米先進国では、成人期への以降に異変が生じていることに対する認識は日本よりずっと早く、80年代に現れた(若年層の失業、ホームレス、貧困化と犯罪増加、未婚の母、同棲の一般化)。だが、日本では社会経済環境の変化が遅かったために若者に対する社会の関心は一貫して薄かった。とくに若者が重大な困難に直面しているとういう認識はほとんどなかった。

    「パラサイト・シングル」

     経済停滞や少子化など不安要因の"元凶"として、「豊かな時代に成長して、いつまでも親に寄生する自立しない若者」をバッシングする風潮。

     就職難や失業という雇用・経済問題よりも、年々増加を続けるフリーター現象への関心が高いという日本的特徴。

     若者を一面的にとらえる傾向が強く、問題の本質を踏まえていない。若年層の失業は、景気回復で解決するだろうという甘い期待。

    本書の目的

     ポスト青年期現象は、社会経済変動によってもたらされた結果であり、教育、雇用、家族、価値観の根本からの見直しが必要な社会構造的問題である。「彼らの」問題ではなく、われわれの問題なのである。

     先進工業国における共通性と日本社会の独自性の両面から、若者の社会的地位がいま。歴史的転換点に直面していることを示す。

     

     

    1 若者たちは崖っぷちに立っている

     

     新たに出現したライフステージ「ポスト青年期」とは

     単なる印象論でなく調査データを通して具体的に検証

    「独身貴族」の出現―80年代

    大学・短大進学率4割に、20代後半の未婚率の上昇、「大人になれない未熟な若者」、若者の体制内化

    ⇒消費スタイルが文化論やマーケティング戦略の中で論じられるだけ

    ■パラサイト・シングル論―90年代

    「成人に達したら子どもは別居して自立すべき」という規範は西洋社会のように見られない なかでも娘と母親の「友達親子」ぶりが目立つ

    ⇒「独身貴族」を生み出したのは、親との同居という今日形態だった

     プラス面 エリートだけでなく普通の若者が「モラトリアム期」を謳歌

     マイナス面 離陸のための気圧が低いため、大学時代後も飛びたてなくなる

    フリーター未婚現象

    「結婚はするべきもの」という規範が弱くなり、どのような結婚が幸福につながるか、親自身にも確信がもてなくなっている。

    未婚女性の所得水準が男性に比べて低い(とくに30)ので、将来、経済基盤の脆弱な中高年女性シングルが急増する可能性

    ⇒父親のような「会社奴隷」の人生も、母親のような「ダサイ主婦」の人生もいやだ、もっと自由に人生を生きたいという気持ちが、きっぱりと「大人の形」にはまっていくことを躊躇させる。結婚の現実は空疎で自由がない。そこで、親の家にいる方をとっている。

    ■個人化しリスクの多い「選択的人生」へ転換

     親世代を襲うリストラの波は、子ども世代の矛盾した立場を根こそぎ覆す災難。親の甘い汁が切れる頃には、飛び立つ力が萎えてしまい、不毛の地上をさまよわざるをえない者が出てくるだろう。自由を犠牲にしながら働きつづける親の人生にパラサイトして、行き着くとことまでいくのか、それとも親世代のライフスタイルに対して反旗をひるがえし、道なき道の開拓者になる
    のか?

     大人は彼らに、「早く大人になれ」というべきなのか、それとも別の生き方を期待すべきなのだろうか。これまでの価値観が無力化するなかで、どんな選択肢がありうるのか、何が彼らにとって有益な援助なのか。

     子どもへの執着を断ち切り、成人年齢に達成したら自立すべしと突き放そうにも、いまやスムースに社会に移行できるあてはない。

     若者が自立したから諸問題が発生したのではない。自立しがたいような社会構造のゆがみが収斂しているのだ。

     

     

    2 若者の危機が隠蔽される社会

     

    若者バッシングという現象

     社会の中枢にいる団塊の世代が、自分の子ども世代にあたる若者をバッシングの対象としている点に、日本の奇妙な世代間関係が凝縮されている。

     晩婚・非婚化など家族形成上の変化を、失業者・無業者・離転職者増大という若年労働市場の重大な変化と結びつけることによって、安定を失った若者世代が今どのような現実に直面しているかを構造的に検討。

    【経済】

    ■ヨーロッパでの若者の危機(「長期化する依存期」)の分析

    ・解釈ー磴だぢ紊亮由と自立性がいっそう拡大している:消費水準の上昇

    ・解釈⊆磴だぢ紊亮立の権利が剥奪され、社会のメインストリームから排除されている。

    ⇒二つの論は実は表裏一体の現象

     若者は高学歴、長いモラトリアム、自由を謳歌できる条件を手にしたが、十分な仕事がなくなり、彼らを援助した福祉国家の時代が終わったとき、リスクは若者自身の責任となったので、自由で快適な暮らしを保障できるのは今や親。親の経済力その他の力量が若者の運・不運を決めてしまう時代に再び入りつつある。離婚の自由が認められた社会はこの点でジレンマに。

    ⇒多様化・個人化する若者のライフコースを前提にした青年政策へ

    ■高度成長期に確立した「戦後型青年期」モデル(乾彰夫)

    ‖捷颪卜磴鬚澆覆教育水準のめざましい上昇と大衆的規模での拡大

    学校から雇用へのスムースな移行体制の確立

    新規学卒採用の一般化

    終身雇用制企業社会への帰属

    +明確な性別分業専業主婦の保護政策

    ・若者の自立を支援する体制は「学校・家庭」以外の第三の領域では未発達

    「成人期への移行」の標準的パターン

     完全雇用と終身雇用、高い婚姻率、適齢期規範等は、男女それぞれに対照的な地位と役割を割り当て、「戦後型青年期」と「成人期への移行」を保障するコンテクスト。

    ■広がる弱年VS中高年の経済格差

    親子世代間の賃金水準の格差拡大により、子どもが親に経済的に依存しやすい構造生み出される。

    ・年功賃金性=中年層に厚く若年層に薄い賃金構造

    ・単身者用木造アパートからワンルーム型マンションへと住宅供給の変化

     独立して生活するためのコストは低賃金の若年世代にとって負担がかさみ、親の家を出ることがますます容易ではなくなった。

    【心理】

    「大人の定義」の変容

     学校卒業、就職、結婚などのイベントを通過することによって成人に達する"という従来の定義に代えて、青年期から成人期への移行を「シティズンシップの権利を獲得するプロセス」
    ととらえる(イギリスの社会学者ジョーンズとウォーレス)

    ⇒成人とは「社会へ完全に参加した状態」=選挙権、労働の諸権利、社会保障の諸権利等の、一定の年齢に達することで与えられる「シティズンシップ」の権利を獲得し、またそれを行使し、同時に社会におけるメンバーとしての責任を果たすことができる状態

    ※依存・従属・不平等の実態に迫る際に、この定義は有効性がある

    「選択的人生」

    "近代という歴史段階の後半期においてはライフコースの多様化、流動化が顕著になる"

    人々はたえず自分の行為の可能性に対して主体的に関与し、リスクに対処するよう強いられる。"自己選択・自己責任"がルールになる。

     「成人になる」ということは、形態はどうであれ、本人の価値観や活動が安定し、自分の人生を主体的に設計する自覚があり、そのための経済力をもち、リスクに対処するための知識や技量が基本的にそなわった状態に達することが条件となる。

    古典的モラトリアムから新しいモラトリアム

    ・「モラトリアム」

     "就学・就業期間中の青年に社会の側が社会的責任や義務の決済を猶予する年代"(エリクソン)

    ・古典的モラトリアム期の青年:半人前意識に悩まされ修行中の禁欲的生活意識をもつ

    ・新しいモラトリアム期の青年:全能感と解放の感覚

     モラトリアム心理は大規模に商品化され彼らは「お客さま」に

    "太陽族""クリスタル族"(門脇厚司)

     80年代の若者は、既成価値の打破、人間的実在への渇望、文明生活の虚構への反発、世の常識の再検討、新しい価値の創造、主体性と人間性の回復など、太陽族が体現し従来の若者の価値とされてきたものに対して、そのすべてをダサイ、と否定するにいたる心理変化。

    「生産より消費へ」「消費者シティズンシップ」

     稼げるかどうかより、買うかどうかが重要なのであり、経済的依存者であるはずの青年や子ども、扶養される女性が、消費市場では高い地位を得る。

    ■「反社会的行動」から「非社会的行動」

     成人期への移行期にさしかかる世代は、労働市場と結婚市場への参入の時点で、従
    来のようにスムースに移行しなくなった。"現実社会への参入に困難をかかえる層"がで
    きつつある。

    【結婚・出産】

    ■晩婚・非婚化が進む原因

    A 未婚者の自由度と消費水準の高さ

     −1 女性の自立意識の弱さ

     −2 男性中心社会

     −3 離家時期に関する慣習と親の意識の曖昧性

    B 結婚における性役割分業の明確さ

    ⇒性役割分業の明確な社会は、結婚することによって女性は職業上のチャンスと所得機会を失い、未婚期の自由と豊かさのギャップが大きいため、結婚を回避しようとする方向に

    ⇒親と同居する未婚者の増加を伴いながら晩婚化が進行

    ⇒家族や親族の少ない単身高齢者が層をなす時代が

    ■若者の自立に社会が責任を負うしくみを

     西洋諸国と異なり、個人主義に立脚した「自立」の価値が確立しているとはいいがたい日本では、労働市場の変化と晩婚化・非婚化が同時に進んだことも手伝って、「大人になること」の意味やかたちが曖昧である。私的領域、公的領域の両方で、若者はどのような地位を有し、権利と義務、役割を果たすべきなのかが確立していない。

     

     

    3 家族・親子から「若者の危機」を読む

     

    なぜ子育ては苦労な仕事になってしまったのか

    家庭の教育力は低下しているか?

     戦前から高度成長期にいたるまで、農村社会では、子どもの自然の成長や自覚を期待する放任的なしつけが一般的。都市の自営業の家庭でも、親は子どもに家の仕事を手伝わせ、一人前になるための労働のしつけには熱心だったが、それを除けばしつけに無関心。

     礼儀作法や道徳などを細かく子どもに教えこんだのは、もっぱら都市のサラリーマン・インテリ層や農村の富裕層にすぎなかった。

     大正時代、都市部のサラリーマンやインテリ層に登場した「教育する家族」=子どもの教育が主要な目標となる家族が、高度成長期を経て、全国・全階層へと広まり、今では多数派となっている。家庭の教育力は低下したのではなく事実は逆。

    ⇒子どもが一人前になるためには、学校教育という単一の経験では足りない。日常生活の経験をつみ、一人前になるための知識や心構えを身につけていく必要がある。ところが生活空間は単純化し、子どもが日頃接する大人は親(それも母親)と学校の教師などごくわずかの人に
    限られてしまった。このことが様々な問題の原因では?

    友達親子という困難

    ・「消費の王様」子ども

     「エンゼル係数」 子ども1人世帯1617%、2人世帯2427

     大学卒業まで22年間で、すべて公立コースで2793万円、私立コース3469万円

     就職難になるとさらに留年や大学進学者が増える

     子どもの「年収」は小学生5万円、中学生8万円だが、貯蓄は20万円

     「シックスポケット」、レジャー志向、家庭への回帰志向

     親と子、大人と子どもの消費のボーダレス化⇒友達親子を生む背景

    家計の個別化

    「個食化・孤食化」、金銭伴う「家庭外の消費活動」に変わった交際・レジャー

    ■友達親子に未来はあるか

    友達親子とは一見対等だが、じつは一方的な供給と消費でなりたっている依存関係

     親もまた子どもに対して心理的依存をしている

    ※晩婚化・非婚化の傾向は、このような親子関係の延長

    ※親密な関係にある近親者が内向きに固まっていき、社会の拡張・発展が阻害される

    ※経済社会のゆとりが、年若い消費者を大量につくりだし、友達親子を生み出した。しかし、社会のゆとりが失われたとき、果たして友達親子は生き残ることができるだろうか。親が手厚く保護することができなくなれば、消費者という社会的立場はあとかたもなく失われる。

    ⇒子どもたちは生活面・社会面で自立する能力を欠いたまま、厳しい現実に直面す

     

     

    4 日本の社会に未来はあるか

     

    からっぽの高学歴社会⇒20歳になれば得られるはずの権利と義務の形骸化

    「私、四年制大学に行く。このまま就職するっていってもどうせアルバイトしかないでしょ?だったら大学でバイトした方が楽じゃん。それに親も四大の授業料出してくれるって入ってるし」

    ⇒大学は無業というくらい現実からの最終避難所となりつつあること

     学校で学ぶことの積極的な意味など初めからないこと

     学生と社会人の境界が薄くなっていること

     いくらがんばっても先が見えないから、ほどほどのところで今を楽しく暮らすほうがトクだという諦め

    ※大学は労働の義務と実社会の厳しさから開放されたレジャーランドに。不況下では、アルバイターの供給基地と化している。

    【提案1】社会のコストは本人負担というしくみを

    【提案2】学生の仕事を職業につなげる

    ■自立を「シティズンシップの獲得」で計る

    20世紀中盤まで、シティズンシップの不平等性に関しては主に社会階級の問題に焦点があたっていたが、その後欧米諸国における関心は、人種・民族、障害、ジェンダーにかかわる平等の実現へと移った。この議論は、90年代には若者に及んだ。背景にあったのは深刻な失業問題。雇用、教育・訓練、社会保障、住宅その他の若者の自立を支援する社会制度があらため
    て問題の焦点となった。

    ・日本でも90年代後半以降、若者の雇用問題の表面化、フリーター急増、高校卒業者の就職難が生まれたが、これらを自立できない若者の問題や不登校、引きこもりの増加、若者の非社会的傾向と関連づけて、若者の「社会への参加」における重大な問題、ひいてはシティズンシップにかかわる問題として検討しようとする認識はまだまだ。

    ・社会のメインストリートにいる中年男性のシティズンシップと、若者であるゆえに社会のアウトサイドにおかれる男女の若者たちのシティズンシップの格差は、現代日本を特徴づける重大な問題。年齢それ自体が社会的格差を生んでいる。

    【提案3】社会に若者を託すしくみ、若者が自分を試す時期をつくる

    ・「溜まり場」

    親でも学校教師でもないさまざまな大人と接し、生きるための知識やスキルを学ぶ場

     開かれた親子関係へと脱皮するための社会条件

    ・イギリスの「ギャップ・イヤー」

    ・スウェーデンを参考に日本でも包括的青年政策の構築を

    ■当事者、それは未来である

    ・団塊の世代が最も明確にたどってきた「標準型生涯パターン」 

    一生懸命勉強してよい学校へ入り、できるだけ良い会社(大企業)へ就職し、"わが社"のために一生懸命働くことを行動基準とする。受動的な消費人間を生んだ。

    ・生活を他者(市場)に委ねていることへの不安団塊世代に共通する脱サラ、帰農、起業、若い世代のフリーター志向は、自分の生活を他者の手中に握られることへの忌避

    ⇒揺籃期にあるこのような試みは、不安定でリスキー、ギャンブル的であるが、これまでのサクセスストーリーだった金銭消費型ライフスタイルに風穴をあけるかもしれない。だが転換は自動的に起こるわけではない。

    ・若者の自立に関して「家族」と「会社」だけに委ねてきた日本の社会は、この危機に際してあまりにも反応が鈍い。


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