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ネットワーク1・17(2017/3/6) 東日本大震災6年、岩手県大槌町の復興から見える課題、竹沢尚一郎さんのお話

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    永岡です、災害と防災を考えるネットワーク1・17、第1056回、今週も毎日放送アナウンサーの千葉猛さ
    んと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。
     2/28に東北で地震、震度5弱、福島原発も懸念されて、異常はなかったものの、東日本大震災の余震と気
    象庁は言い、先週の震災障碍者について、リスナーより、知らなかった、たくさんの人が苦しみ、国や行
    政に目を向けてほしいとあり、2/28に障碍者の方が厚労省に申し入れを求めて、厚労省も一人一人に合わ
    せた支援を、というものでした。
     ネットワーク1・17の3月は東日本大震災6年シリーズで、1回目は、岩手県大槌町に通い続ける国立民族
    学博物館(大阪府吹田市、http://www.minpaku.ac.jp/ )の竹沢尚一郎さんがゲスト、大槌町は人口
    16000人の町で、東日本大震災により1300人死亡、町長や役場の職員さんも1/3近くが亡くなられて、復興
    の支援をされている竹沢さん、地区により避難者や復興のスピードが異なり、コミュニティの強い地区で
    は地震の翌日に対策本部が出来て住民が対策をしても、街の中心の大規模な避難所では、様々な地区から
    被災者が来て人間関係を築けず、竹沢さんは、災害の前に人間関係が重要と言われて、多くの住民の反対
    していた高さ14mの防潮堤も、人々の暮らしや思いが繁栄されていないと竹沢さん言われて、大槌町につい
    てお話をされました。
     国立民族学博物館では東日本大震災の展示があり、独特の存在感で、竹沢さんがこれを企画されて、竹
    沢さんの専門は西アフリカの歴史で、なぜ大槌町と関わるようになったのか、東日本大震災で、竹沢さん
    も奥様も、仕事に手がつかず、居ても立っても居られない→ボランティアに行こう、宮城は多く入り、そ
    れでボランティアの少なかった宮城に、交通手段が少なく、奥さんと娘さんと3人で行き、3月は燃料が現
    地になく、4月になり来るようになり、岩手県はボランティアを受け入れず、大槌町は受け入れて、県庁所
    在地の盛岡市から車で3時間、震災で、大槌町は、途中まで普通→海岸では全滅、ボランティアセンターも
    テント一つのみ、役場は破壊されて、町長他亡くなられて、行政の機能は喪失されて、自衛隊が瓦礫の撤
    去、書類、アルバムの分類を2週間やり、一旦帰り、専門家として役に立てると、5月の末に1か月の予定で
    行き、訪問を繰り返して、仕事ではなくボランティアで、街づくりに、ボランティアとして参加、将来に
    伝えるべきもので、博物館に勤めているので、後世に残すことをやって、大槌町は模型を竹沢さん作られ
    て、被災前と被災後の姿を見せるもので、伝えたいのは、被災前のもの、現地の人たちには失われた光景
    で、被災者に喜ばれて、街のハザードマップでは津波は8mで、それ以上のところは逃げなくていいと言う
    ものの、今回はそれより上、しかし明治の津波では15mあり、もっと大きな津波が来ることを予測すべき
    で、亡くなられたのは8〜15mの、安心と思われたところに集中して(ここに8割)、この人たちの命は救わ
    れた可能性もある。
     津波は来ないと思い、しかし明治の津波のことを知っていたら防げて、国はマグニチュード7.5の地震を
    想定しても、明治の津波はもっと大きく、それを想定すべきで、竹沢さん、大槌町の復興で感じたのは、
    避難所により運営の仕方が異なり、被災翌日に対策本部、瓦礫の撤去、炊き出し、ヘリポートも作ったと
    ころもあり、2500人の半分が被災者で、自衛隊が入れず、自分たちで、となり、しかし訓練はしておら
    ず、コミュニティの意識が強く、お寺、神社、学校と、どの人が何を得意としているかをみんな知り、女
    性は炊き出しであり、千葉さんもそんなに簡単にわかるのかと言われて、竹田さん、町内会などで把握し
    て、DNA鑑定できなかったが、遺体の特定はそれなしで出来て、盲腸のこととかで分かり、千葉さん、
    ヘリポートをどうして作ったかと言われて、竹田さん、建築などの専門家があり、重機を使っても、屋根
    の下に遺体がある可能性があり、手探りの作業を2週間やり、訓練ではなく、普段からのコミュニティと、
    自分たちの能力を生かしてやっていた。
     しかし、町の中心部は、知らない人が集まって緊張感、隣の人のことを知らず、怒鳴り合いなどを竹沢
    さん見られて、コミュニティがないためであり、それだけ明確な違いが出るのか、東北の被災地は、コ
    ミュニティが大事、避難所でも元のコミュニティを、としても時間が経つと、財力のある人は高台に、し
    かし災害弱者は取り残されて、櫛の歯が欠けたように、避難所での格差が広がり、これからの復興の課題
    は、復興が遅れており、関西の人はあまり知らないが、まだ多くの方が仮設住宅、プレハブで、寒く、被
    災者の未来は見えず、計画はあり、高い防潮堤、14.5mのものを沿岸に張り巡らせるのを岩手県で計画して
    も、漁民は壁ができてそれを乗り越えていくのは、ビルだと5階建てになり、高台に住宅を作ってほしいと
    要望しても、岩手県は防潮堤を作ることになり、地域の意見を取り入れず、役所の作ったプランを押し付
    けて、役所は、一部の大企業が儲けるためであり、竹田さん、住民と復興の安を作り、海抜10mのところに
    4.5mの防潮堤を作ると、費用も少なく早く、14.5mの防潮堤は大手ゼネコンしか作れないが、4.5mなら地元
    の業者にできて、しかし14.5mのものだと地元は潤わず、地元は人口が流出する。
     千葉さん、南海トラフ地震について言及されて、竹沢さん、大阪でもコミュニティは作れる、組織が大
    阪でもあり、被災前にコミュニティがあるとよく、行政が音頭を取って対策すべきであり、岸和田では祭
    りのコミュニティがあり、それを基本にしたらいいもの。
     祭りはコミュニティになり、様々な人が参加して、それを広めたらよく、地域のお祭りのコミュニティ
    も、防災に役に立つものになるのです。大槌町に最初に支援したのは、岸和田の消防団、2日後に入り、み
    んな涙を流して、だんじりで鍛えたものが役に立ち、災害対策はできて、しかし、集団ごとの連携を作る
    のは、行政だと竹沢さん締めくくられました。
     千葉さん、大槌町に最初に入ったのは岸和田に驚かれて、竹沢さん企画の、津波を超えて生きるは、
    4/11まで開催されています。来週は東日本大震災の被災地からの生中継です、以上、今週のネットワーク
    1・17でした。

     


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    • 2017/03/05 9:46 AM