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経済にデモクラシーを! 

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    経済にデモクラシーを! 
    はじめに ブレイディみかこ

    昨年、クリスマス前の英国の書店に堆く平積みされ、
    多くの人々が友人や家族にプレゼントしていた本があった。
    わたしも目の前で、大学生ぐらいの若い女の子が
    3冊まとめてレジに持っていく姿を見た。
    その本の題名は『 Talking to My Daughter About the Economy:
    A Brief History of Capitalism 』といい、
    著者はギリシャの元財務相で経済学者のヤニス・バルファキス。
    10代の娘のために彼がやさしく経済について語るという
    コンセプトで書かれた本だ。
    そのまえがきには、こんなことが書いてある。

    「誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、
    善き社会の必須条件であり、真のデモクラシーの前提条件だ」

    他方、スペインには「欧州の新左派」と呼ばれるポデモスという政党がある。
    その党首、パブロ・イグレシアスは「経済にデモクラシーを」
    という言葉の提唱者だ。
    この言葉のとおり、欧州の左派の間ではデモクラティック・エコノミー
    というコンセプトがさかんに議論されている。

    「きっとそれは左派っぽい経済改革のことで、貧困対策の分配をきちっと
    やって弱者を救いましょうとか、ブラック労働をなくしましょうとか、
    そういうことを言っているんでしょう」ぐらいに思っていると、
    ポデモス提唱の経済政策を見るとびっくりするだろう。

    「EUの安定・成長協定にフレキシビリティーを要求する」
    「欧州中央銀行の財政ファイナンスを妨げるルールの変更」
    「スペイン憲法の財政均衡ルールの廃止」
    と、がっつりマクロなことが書かれているからだ。

    前述のヤニス・バルファキスもポデモスと同様の経済政策を唱えているし、
    ついに支持率で与党を抜いた英国労働党の党首ジェレミー・コービンも
    彼らと志を同じくしている。

    こうした欧州の左派が主張するデモクラティック・エコノミーの概念は、
    経済活動に関する決定権を社会で広く分散し、人々が自らの人生に
    主導権を持って金銭的安定を確保できる経済を実現しようという考え方だ。
    政治制度としての民主主義がある程度確立されたとしても、
    経済的不平等が存在すれば、民主主義は不完全である。
    その経済的なデモクラシーの圧倒的な遅れこそが、トランプ現象や
    ブレグジット、欧州での極右勢力の台頭に繋がっているとすれば、
    いま左派の最優先課題が経済であることは明確である。
    これが欧州の左派の共通認識だ。

    さて、そうした認識を持った左派がダイナミックに活動している欧州に
    住むわたしが、日本に帰省すると違和感をおぼえることが往々にしてある。

    まず、左派の人があまり経済に関心を持っていない。
    というか、経済を語ることは左派の仕事ではないと思っているように
    感じられるときがある。
    また、「経済成長は必要ない」
    という非常に画一的な意見を耳にすることが多い。

    「では貧困や格差の問題には興味ないの?」と聞くと「分配は重要」
    という答えが返ってくるのだが、「成長とかもうあるわけがない」
    「これからの日本は内面を豊かにせねばならない」と彼らが言う社会で、
    どうやっていま苦しんでいる人々のために
    実質的な分配をおこなっていくのかは不明瞭である。

    この経済に対するぼんやりした態度は、近年の欧州の左派とは
    真逆と言ってもいい。

    まあそれでも欧州に追随することはないのだし、日本には日本独自の左派
    がいてもいいが、しかしそうも言っていられなくなるデータがある。
    スコットランドのグラスゴー大学教授アンドリュー・カンバースが
    2017年に発表した、まさにデモクラティック・エコノミーの達成度合い
    を測る指数と言える「経済民主主義指数」のリストを見ると、
    日本はOECD加盟の32ヶ国の中で、下から4番目なのだ。
    日本の下には債務と緊縮で疲弊しているギリシャがいて、
    その下にはトランプの米国がいる(ちなみに最下位はスロバキアだった)。

    これは何を意味するのだろう。
    つまり、日本は世界で経済的に最も不平等な国の一つであり、
    「経済にデモクラシーを」後進国であるということだ。
    日本人の家計金融資産が史上最高の1832兆円と報じられている一方で、
    家庭を持ったり子どもをつくったりするのはエリートのすることだ
    と思う若者たちが存在し、就職氷河期に社会に出ることを余儀なくされた
    ロスジェネ世代が忘却され、シングルマザーたちが毎月の生理用品
    を買うために食事を抜いているということだ。

    こんな社会に生きる左派を名乗る人々が「経済に興味がない」と言うのは、
    日本独自の風土とか歴史的事情とかいうより、単に無責任なのではないだろうか。

    日本の左派の人々と話していると、彼らの最大の関心事は改憲問題であり、
    原発問題であり、人種やジェンダー、LGBTなどの多様性と差別の問題だ。
    こうしたイシューは社会のデモクラシーを守るために重要だと考えられ
    ているが、経済はデモクラシーとは関係のない事柄だと思われている。
    これは日本があまりにも長い間、なんだかんだ言っても自分たちはまだ
    豊かなのだという幻想の泡に包まれてきたせいでもあるだろうし、
    豊かだった時代への反省と反感が強すぎるせいかもしれない。

    だが、これほど歴然と経済にデモクラシーが欠如している国であること
    が明らかになっているのに左派が経済に興味がないという状況は、
    国内経済の極端な不均衡が放置されている事実ときれいに合わせ鏡に
    なっているように思える。
    豊かだった時代は良くなかったと思う人々もいるかもしれないが、
    豊かだった時代を知らない世代もいるし、
    豊かだったはずの時代から現在まで一貫して貧しい人々もいる。

    そして左派とは本来、社会構造の下敷きになっている人々の側につくもの
    であり、不公平は不可避だという考え方を否定するものではなかったのか。

    「誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、
    善き社会の必須条件であり、真のデモクラシーの前提条件だ」
    とヤニス・バルファキスは書いた。

    欧州の左派がいまこの前提条件を確立するために動いているのは、
    経世済民という政治のベーシックに戻り、豊かだったはずの時代の分け前に
    預かれなかった人々と共に立つことが、トランプや極右政党台頭の時代
    に対する左派からのたった一つの有効なアンサーであると確信するからだ。

    ならば経済のデモクラシー度が欧州国と比べても非常に低い日本には、
    こうした左派の「気づき」がより切実に必要なはずだし、
    時代に合わせて進化を遂げようとしている海外の左派の動きを
    「遠い国の話」と傍観している場合でもないだろう。

    わたし自身にとり、間接的、直接的に『ヨーロッパ・コーリング』
    以降の執筆活動の核であり続けたこのテーマを、経済学者の松尾匡さん、
    社会学者の北田暁大さんと日本で語り合う幸運な機会に恵まれた。
    この本は、英国在住の市井のライターが、お二人から多くの貴重なことを
    教えていただいた時間の記録でもある。

    本書が、日本に「真のデモクラシーの前提条件」をつくるための
    助けとならんことを祈っている。

    【そろそろ左派は〈経済〉を語ろう】 亜紀書房刊 より

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