calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
<< February 2020 >>

categories

archives

カウンター

twitter

カレンダー

プラセンタ 効果

ランキング

90年代における共産党の原発問題についての見解

0

     ■日本共産党中央委員会出版局『原発事故と『安全神話』―美浜・チェルノブイリの教訓―』(1991年)

    「今日の原発問題を考えるいくつかの基本点―原発問題・日本共産党全都道府県担当者会議でのあいさつ」

    < もう一つの問題は、原子力発電の現段階の到達点だけを見て、そこに欠点があるからといって、核エネルギーの平和利用の将来にわたる可能性を全部否定しまうというのは、短絡的な議論になるということです。
     なにしろ、原理が発見されてからまだ五〇年、人類の歴史からいえば、われわれは、核エネルギーを利用するほんの端緒、入口の段階にあるわけですから、その入口の段階で、将来の可能性を全部否定するわけにはゆかないのです。
    実際、これまでの開発の経過を見ても、戦争目的、軍事用ということで、強行開発してくるなかで、平和目的でもっと落ち着いて開発にとりくんでいたら、新しい発展の芽になったかもしれないものがつぶされてしまったということも、結構あるのです。>(17〜18ページ)

    < 原子力問題で運動を進めている人のなかには、「脱原発論」といって、人類は将来にわたって、平和利用であっても、核エネルギーにはいっさい手をつけるべきではないという立場をとなえる人がいます。
    われわれは、その立場にたちませんが、原発の危険性に反対し、国民の安全を守るという具体的な要求で一致があり、共同する意志があれば、そういう考え方の人たちとでも運動では共同できるはずです。
    考え方がちがうから運動をいっしょにやるのはいやだとか、考え方の一致するものだけで運動をやろうというのは、われわれの立場ではないし、これでは、住民の切実な要求にこたえる運動には鳴りません。
     「脱原発」論をとなえる人たちのなかには、原発の廃止それ自体を運動の中心目標にしたり、当面の危険に反対する要求を一応かかげても、「脱原発」論に賛成かどうかで線引きをしようする傾向を、強くもっている人がかなりいます。
    これは、要求の一致ではなく、考え方で運動に枠をはめようとするセクト主義です。
    これは当然批判されるべきですが、そうした傾向に対抗するのに、われわれの側が、「脱原発」論否定の立場、つまり、原子力エネルギーの平和利用の可能性を認めるかどうかを、運動の枠にしたりするとしたら、これは、裏がえしのセクト主義になってしまいます。
     党大会では、その道理をつっこんで解明したのです。
    「今日、人類の生存や人権の擁護がきびしく問われているとき、問題をとらえる理論的な立場や問題に接近する角度に違いがあっても、現に存在しているさまざまな危険や差別をとりのぞくという一致点で、共同のあるすべての人びとと団体が、思想・信条の違いをこえて力をあわせることが、客観的に要請されているのであります。
    この要請にこたえて運動の統一戦線的な発展に努力することがなによりも大事であることを強調したいと思います」(中央委員会報告)。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     この運動でも、いろんな策動があります。
    党大会では、「市民運動」に名を借りたニセ「左翼」暴力集団などの策動に注意すべきことも指摘していますが、こういう点にも注意をはらいながら、各地の住民運動が、原発の危険に反対する運動の本流として発展できるよう、いっそうの活動と努力をおねがいするものです。>
    『前衛』1991年2月号

    「『安全神話』吹き飛んだ美浜原発事故 鶴尾功さんにきく 」

    < 原発推進政策をおしとどめるのは、全国民的な力です。
    いま、犖業をすぐ止めろ瓩箸い人も犖業はいいが、せめてもう少し安全に瓩箸い人も、意見の違いを超えて圧倒的多数の人々が力をあわせることが大事です。
     私たち日本共産党は、原発の危険に反対する運動は、日本社会の民主的な発展にとっても、人類の生存にとっても大きな意義をもつと位置づけています。
    私たちは原子エネルギーの利用をすべて否定する立場にたっていませんが、それは今の原発政策を認めることとはまったく違うことです。
    政党として原発の危険な推進政策に一貫して反対しているのは日本共産党だけです。
    自民・民社の両党は推進政策、公明党は「社・公合意」のときに原発を容認する立場を社会党に認めさせようとしましたし、社会党は、一部の議員が原発推進をとなえるなど一貫した党の方針はないような状態です。>(140ページ)
    『女性のひろば』1991年5月号


    ■日本共産党中央委員会出版局『原発の危険と住民運動』(一九九〇年)

    「原発の危険に反対する運動の前進のために」 「赤旗」無署名論文89・3・29
    <原子力の平和利用をめぐる原則問題>
    < ここで、原則的に解明しておく必要があると思う一つの問題は、現在の原発の危険を指摘し、原発の新増設の中止や総点検を要求するということは、将来にわたる原子力の平和利用いっさいの否定を原則とする立場をとることとは、まったく別個の問題だということです。
     日本共産党は、なによりも国民の安全優先の立場から、現在の原発および政府・電力資本の原発政策の危険性をもっともきびしく追求し、一貫してその抜本的転換を要求し続けてきました。
    しかし、わが党は、現在の原発が欠陥をもっているということから、原子力の平和利用に未来はない、といった式のあわてた結論を出すものではありません。
    もともと核エネルギーの発見そのものは、人類の英知と進歩の所産です。
    この核エネルギーは、発見されてすぐ第二次世界大戦がぼっ発したために、まず軍事利用という不幸な道をたどり、七年後には原爆となって広島・長崎の惨禍をひきおこし、動力への利用も十六年後の原子力潜水艦への応用が出発となりました。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     しかし、核エネルギーは発見されてわずか半世紀、軍事優先でゆがめられたこれまでの経験だけで、その平和利用の将来を否定してしまうわけにはゆきません。
    核エネルギーが、まだ開発されていない無限の可能性を内蔵していることは、十分予想されることであって、人間が自然の法則をより深く認識してゆくこととあわせて、核エネルギーを真に人間の進歩のために役立てる道――原子力の安全な平和利用の道を積極的に探究してゆくことは、当然の課題です。>(15〜17ページ)

    「原子力発電問題をめぐる政治対決」 高原晋一

    < 一九八六年の、ソ連のチェルノブイリ事故の後、衆・参同時選挙の政策の一項目に、「ソ連チェルノブイリ原発事故から教訓をひきだし、無責任な原発増発計画をただちに中止し、原子力政策を根本的に再検討させる」(86・6・9)を発表しました。
    これはか、『原発推進政策を転換せよ』(党出版局)という本のなかに集録されています。
     この政策では、現在の原子炉はまだ未成熟、未完成のものであるから、根本的に政策を転換せよ、つまり、現状での原発は認めない、ということをはっきりさせています。
     われわれは現在の未完成の原発を認めないが、しかし、現に原発は動いています。
    これは力関係です。
    もし、もっと早い時期に民主連合政府ができていたら、現在のような原発はないでしょう。
    デンマークでは原発をつくらせない運動が起こって、原発はありません。>(68ページ)

    <高木氏と、原水「禁」の脱原発>
    <脱原発法制定の運動がなぜ起こってきたかを見ていきたいと思います。
     昨年(八八年)の四月二十四日、これはチェルノブイリの事故の二周年にあたりますが、成田の飛行場反対闘争もやったといわれる高木仁三郎氏など脱原発グループが一万人集会というのをやりました。
    これには予想以上の人が集まり、主催者の意図はどうであれ、住民の不安の高さをしめしました。
     この集会で提案されたのが、脱原発そのもののはじまりでした。
    その後、運動の方はさっぱりすすまず、昨年秋になって高木氏が個人の意見だといって、三項目の署名になったのが、現在のものです。
     これは、四月の集会での提案犖業はいっさい認めない、一年以内に停めろ瓩箸いΔ里箸倭蠹違い、要求項目だけみると、われわれの立場に表面上近くなっています。
     しかし、決定的なちがいは、げんに動いている原発にたいするきびしい総点検とか民主的な規制がないことです。
     そのうえ、脱原発法制定署名運動というのですから、題名自体からも、また、その前文が「すみやかな原子力発電の廃止を達成することを目標」にするとなっていることからも、原発絶対否定というのが本質であることに変わりがありません。
     この人たちは原発すべてをなくせというのですから、政府・電力資本といちばん対決しているようにみえます。
     しかし原発の全面停止というスローガンをかかげただけで、原発を簡単になくせるわけではありません。
    原発の是非論については、国民の間にまだ多くの議論がありますが、原発の危険については、世論調査でも八六%という圧倒的多数の国民が不安をもっています。
    いま緊急に大事なことは、この声を結集して、政府・電力資本の無責任な原発政策の強行をくいとめ、その根本的な転換をかちとることです。
    「脱原発」派の運動と主張の大きな問題点は、「すべての原発の廃止」など、最も強行な立場にたっているかのようによそおいながら、国民多数の不安を結集して政府・自民党の無謀な政策を包囲して住民の安全をまもる闘争――政府・電力資本が強引に稼働し、増設をはかっている未完成な原発の危険から住民の安全をまもる緊急の課題への真剣な取り組みを回避するところにあるのです。
    大切なことは、原発に不安を持っている八六%のなかにも、原発を一応認める人々が半数内外いて、それらの人々は原発をやめてしまえという立場を、いまとってはいないということを、忘れないことです。
     以上の脱原発派は、核兵器については、社会党と同じ「究極廃絶」か、あるいはほとんど無視する点で共通しています。>(77〜78ページ)


    <「脱原発」とわれわれのちがい>
    < わが党と「脱原発」派の、原子力に対する見方の違いはどこにあるか、端的にいうと、「脱原発」派は、現在の原発が危険だということから、将来にわたって原子力の平和利用を認めないということを原則的な立場にしています。
    これに対して、私たちは、現在の原発の危険性を正面から指摘し、その危険に反対する点では、もっとも一貫した立場をとりますが、人間の英知の所産である原子力の平和利用の可能性を原則的に否定する立場はとらない、という点にあります。
     脱原発派は、核と人類は共存できない、原発はなくす以外にはない、ということを主張しています。
     われわれは、原子力の発見は人類の英知の所産だという立場です。
    人類は失敗を繰り返しながら、科学・技術を発展させてきました。
    同様にして、将来もまた、発展していくだろう、というのが、われわれの哲学、弁証法的唯物論の立場です。
    だから、人間はやがて科学・技術の発展によって安全な原発を実現させる方向にすすむだろう、したがって、それを研究することは当然であるといっています。
     ところが、脱原発派は、そんな原子炉などできない、という固定観念から一歩も出ません。
    核と人類は共存できないの一本槍です。
    「脱原発」派が、核兵器廃絶の課題を軽視しがちなのも、「核」ということですべてを同一視するこの考え方と結びついたことです。
    現に、牾吠軸錣惑発するまで危険でないが、原発は現に動いているから、最も危険な「核」だ瓩噺世辰紳論も、「脱原発」派の議論として、よく聞かれることです。>(81〜82ページ)


    スポンサーサイト

    0
      • 2020.02.27 Thursday
      • -
      • 18:50
      • -
      • -
      • -
      • -
      • by スポンサードリンク

      コメント
      管理者の承認待ちコメントです。
      • -
      • 2019/10/21 5:45 AM
      管理者の承認待ちコメントです。
      • -
      • 2019/09/19 2:10 AM
      管理者の承認待ちコメントです。
      • -
      • 2017/09/03 6:34 AM
      管理者の承認待ちコメントです。
      • -
      • 2016/12/22 8:34 AM
      管理者の承認待ちコメントです。
      • -
      • 2016/12/15 11:53 AM
      管理者の承認待ちコメントです。
      • -
      • 2016/12/14 11:53 PM
      管理者の承認待ちコメントです。
      • -
      • 2012/07/08 2:04 AM
      初めまして。私は原発問題についてブログを書いています。難しい言葉を使わず誰にも分かりやすい話を広めていこうと心がけています。反原発、脱原発を主張してきたのは日本共産党だけではないと思いますが、これまで先頭にたって具体的な行動でそれを示してきた政党だとは思っています。私自身は「脱原発」の考えを持っています。日本はできるだけ早くものすごくお金のかかる、ものすごく命が危険にさらされる原発をやめ、自然エネルギー発電を中心にすえる方向に日本の政治・経済が変わってくれるように願っています。そのためには原発問題をもっと分かりやすくしていろんな考えを持ついろんな世代、特に若い世代に伝えることができたらいいですね。福島原発事故を機会に日本のエネルギー政策や原発のありかたをもっと国民が話し合っていかなければ。誰にも分かりやすいことばで問題点や課題を整理して伝える必要があると思います。小中学生にも分かるように「なぜ今脱原発なのか。」を説明できるといいです。福島原発の廃炉にはこれから40年もかかるのですから。小さな子ども達も、今から将来の自分の問題と考えなければ。私達大人は何ができるかを考え、みんなができることから始めていかなければいけない。難しい理屈をこねて、言い争いをしてる暇はありません。こうしている間にも日本の国土はじわじわと放射能に汚染され、国民は賠償金や除染のための莫大なお金を税金と電力料金で払わされてどんどん貧しくなっていくかもしれないのです。原発を再稼動して一部の人だけが今まで以上にお金持ちになっていく日本にするのか、放射能の不安のない新しいエネルギーを開発して、地球を守り、みんなが豊かな社会を作っていくのか、まさに正念場の時です。

      私のブログで、その試みを始めています。

      日本は「脱原発」に向かうと信じます。過去に誰が反原発を言い出したのかとか、誰が本家本元の「反原発」論者なのかなどと言い争いしている場合じゃないですよ。今強力に原発推進している人たちをどうやって「脱原発」に巻き込むかが大切。
      いいんじゃない、ブレたって。現時点で脱原発なら無問題でしょ。
      • ブレーン
      • 2011/10/13 9:53 AM
      zohさんとかいう方へ。

      トーリスガーリですが、長々とコピペを貼ってウヤムヤにしようというわけですか?
      要するに、小笠原貞子は、「新たなエネルギーである原子力に絶対反対ではない。」と言っているんですよ。その上、「全面的に否定」する連中は「硬直した考え」だと罵倒しているのですよ。
      今の共産党の支持者は基本的に原子力を「全面的に否定」してるんじゃないかと思うけど、それは小笠原貞子から言わせれば「硬直した考え」なんですよ。
      庇う必要があるんですかね?

      それで小笠原貞子は、「原発は安全規制が十分ならOKだが、今はまだ不安だからダメだ」と言っているに過ぎないわけですよ。
      こんな態度だから、電力会社も政府も「対策は十分だ」「安全だ」と宣伝して「安全神話」を作り上げちゃったんです。煮え切らない中途半端な姿勢が原発推進派に付け入る隙を与えてしまい、ついに福島第一原発の事故が防げなかったわけですよ。
      日本中が「全面的に否定」していれば、こんなことにならなかったんじゃないんですか?

      ついでに、zohさんは、・・・「原子力」といって、原子力科学全般のことを言っているが「原子力発電」のことを指して言っている訳ではないでしょう。・・・と書いていますが、zohさん、あなた自分が貼り付けたコピペ、読んでみたんですか?明らかに原発の話でしょう。
      コピペがダメとは言わないけど、せめて読んでから貼り付けないと、馬鹿にされるだけですよ。
      もっとも明らかに手遅れですけどねw
      • トーリスガーリ
      • 2011/10/03 4:19 PM
      補足:「うえのひと」とあるのは、「コメントする」欄のま上のコメント主さんのことでした。

      具体的には、「トーリスガーリ2011/09/02 9:22 AM」さんへのコメントです。(管理者さまの方で適当に文言を代えるなり、配置をご考慮くだされば幸いです。したがって、このコメント自体を掲載下さらなくて結構です。)
      • zoh
      • 2011/09/18 1:43 AM
      原発を擁護しなかった、故小笠原貞子さん

      「原子力」といって、原子力科学全般のことを言っているが「原子力発電」のことを指して言っている訳ではないでしょう。

      上の方は、そこの部分だけ取り出しているので、それに続く国会質疑を掲載します。

      &#10144;共産党としては、だからそれですべていいというのではなくて、やっぱり原子力に対しては自主性、民主性、公開ということをよく言っております。
       原子力の平和利用というこの原則、これをしっかり守っていかなければならない。安全性確保の原子力開発政策というものに今のものから転換させることと、その規制を十分行うということが必要だ。そこで初めて人類に役立つ原子力というものになるんだと言わざるを得ないと思うのです。それを特に私はきょう改まって強調するのは、これまた先ほどから言われていると九年のスリーマイル島の事故、そして八六年でしたね、チェルノブイリ、このことが最大の教訓だと言わざるを得ないと思うのです。
       そういう教訓から、これも先ほどから出ていました、外国においてもう原子力はつくらない、今やっているのもストップだという国が一国や二国じゃなくて国際的にもそういう流れになっている。では国内ではどうなんだというので、私が目についたのは、朝日新聞で去年の八月六日、七日に調査しているんです。そこでこうなっておりました。
       原発の推進に賛成というのが三四%だったのが反対四一%、こうなっております。これ五十三年の調査から初めて反対が賛成を上回ったということは、原子力発電所の安全性というのがまだ本当に不安だということをやっぱりあらわしていると思うのです。そして自分の住んでいる近くに原発が建設されることに反対だというのは、これまたちょっとエゴみたいなところがあるけれども七五%は反対だと。では日本の原発でも大事故が起こると不安を持っていますかと言ったら、持っているという人が六七%ございました。安全性に疑問を持つ人がもう年々ふえていっているということ。今後技術と管理次第で安全なものにできる、五十四年の調査では、いやできると思う五二%。ところが今回、というのは昨年の調査では三七%に減っている。人の手には負えない危険性がある、三三%だったのが四七%あった。
       ちょっと細かく申し上げましたけれども、やっぱりこういうことを、素人だというのではなくて、これを素直に耳をかして聞かなければならぬ。国際的にも流れは今変わってきているのではないかということ、国民もこういうふうな反応を示しているということになるということです。
       そうすると、この二〇〇〇年までに八六年に比べて倍からの伸びを原子力に依存するというのは非常に私は心配だと言わざるを得ない。その点をどう考えていらっしゃるか。生田参考人に具体的にお願いします。
       それからもう一つは、原発というのは常に一定の出力で連続運転しなければならぬという一つの問題点があると思うのです。そうすると火力や水力のように需要に合わせて柔軟に対応できない。つまり、原子力への依存度を引き上げるということは全体の供給の硬直化を進めることになると言わざるを得ない。そしてこのことが料金なんかにもはね返ってくると家庭の我々に非常に大きなはね返りが来るという点を私は具体的に心配するんですけれども、それについての御意見を伺わせてください。
      • zoh
      • 2011/09/18 1:36 AM
      先ほどコメントを投稿した丸山です。
      “主張それ自体は筋が通っている”以降の文は余計でした。
      色々ごっちゃになり失礼致しました。
      • 丸山
      • 2011/09/17 6:13 AM
      共産党の吉井英勝議員は、高木仁三郎さんから「もう原発に反対する政党は共産党だけになってしまった。これからも頑張ってくれ。」と言われたそうです。
      吉井議員の講演会で、参加者からの質問で高木さんの名前が出て、高木さんとのエピソードとして話していました。
      私は昔から実家で赤旗を読んでいたので、共産党が昔から原発に反対していたのを知っています。
      共産党が原子力の研究を否定していない事を最近知りましたが、“今ある全ての原発は非常に危険でとても商業化なぞできるレベルの物では無く、人類は廃棄物の問題等解決策を持っていないから、今ある全ての原発に反対。しかし基礎研究は続けるべきで、科学の否定はしない。二・三世紀後に仮に全ての問題が解決された安全な原発という物が出来たとしたら、それは否定しない。
      しかし、今の時点の人類の未熟な技術の欠陥だらけの原発は危険と考えるから反対する。”と云うのは筋が通っていると感じました。
      “人類と核とは共存出来ない”と主張し、共産党の考えを批判する社民党は、民主党と連立して反原発の政策を投げ捨ててしまいました。
      ・2010年に原発推進の地球温暖化対策基本法案に福島さんは「納得していないが、署名した。」と言い訳して署名。
      温暖化対策基本法案に署名した福島さんの言い訳する会見をネットで読みましたが、本当にがっかりしました。
      ・もんじゅの再稼働に合意・斑目就任にも合意

      共産党はもんじゅの再稼働に大反対していました。たまたま去年の赤旗日曜版の切り抜きをとってありますが、吉井議員がもんじゅがいかに危険かを力説し、もんじゅ再稼働に反対する記事でした。
      斑目就任には共産党の佐々木憲昭議員が反対しましたが、共産党以外の賛成で就任が決まってしまいました。
      社民党は原発反対と言いながら、連立して原発推進の政策に合意し従来の主張とは全く反対の行動をとっているのです。
      政権に入り理念を捨て反原発の旗を下ろした事は、社会党時代から変わっていません。言っている事とやっている事が全く違うのです。政党として許せない事だと思います。

      高木さんの吉井議員への言葉は、共産党とは意見は違えど、共産党の原発に反対する一貫した態度を認めてくれていたからなのでしょう。
      共産党の主張は全面的に支持は出来ませんが、ずっと原発に反対して来た事は事実だし、主張それ自体は筋が通っていると私は思います。
      社民党は政権にいた時、原発に反対するどころか、民主党と一緒になって原発推進のエネルギー政策を出した張本人。もんじゅの再開も社民党が政権にいる時だし。
      事故が起きて、思い出したように反原発を言い出した社民党のいい加減さには本当に腹が立つよ。
      脱原発と言いながら、泊原発の再開は許す無責任な菅とお似合い。

      >>528
      共産党の吉井議員は高木仁三郎さんから、「もう原発に反対する政党は共産党だけになってしまった。これからも頑張って下さい。」と言われたそうだよ。
      吉井議員の講演で、「高木仁三郎さんをご存知か」という参加者の質問に、高木さんとのエピソードを語っていた。
      • 丸山
      • 2011/09/17 5:59 AM
      原子力を擁護した日本共産党元副委員長・小笠原貞子

      共産党の副委員長だった小笠原貞子は、チェルノブイリ事故の起きた次の年、国会でこう発言している。

      「私たちとしては原子力絶対反対だという立場をとっていない。原子力は当然新しい問題をいろいろ出しているけれども、原子力の発見というのは新しいエネルギーを得たことになり、有効利用の可能性ということを考えると、これをもう全面的に否定だという硬直した考え方は私たちは間違っていると思うのです。」(昭和62年12月11日 参議院「産業・資源エネルギーに関する調査会」)

      共産党の連中は最近になって、自分たちだけが原発反対だったようなことを言っているが、とんでもない話だ。
      • トーリスガーリ
      • 2011/09/02 9:22 AM
      コメントする








         
      この記事のトラックバックURL
      トラックバック